罪悪感皆無人間

気分を害する人もいると思うが、どうか僕を攻撃しないでほしい。僕は攻撃されるのが本当に苦手である。

この問題に対して、僕はしっかり悩んでいる。なおかつ、悩んでも改善しないことを知っている。

【44分】退職代行ガーディアンを使って休憩中に仕事を辞めた話

仕事をやめて一週間くらいたったのだが、これは僕の今後の人生における大きな課題だと思ったので、文章にした。

この記事は僕が、数年後に読み返して、ああ、こんなこともあったんだなあと思うための記事である。

 

ことの経緯

僕は成績が出るタイプの接客・販売業に勤めていた。正社員だった。

三日ほど成績が悪すぎる状態が続いた結果、上司に接客に出ないでくれと言われたので、言われた直後の休憩中に退職代行を使い、二度と会社に行くことはなかった。会社の人間のLINEは全てブロックした。

 

ふつうなら

「ああ、自分のせいでお店の売り上げを下げてしまって、申し訳ないなあ」

「いきなり仕事をやめてしまって、会社に迷惑をかけてしまって心が痛む」

「いままで仕事を教えてくれた同僚や先輩、上司に本当に申し訳ないことをした」

僕の中の「ふつう」は、こういう風に感じるべきだと言っている。

いきなり、それも休憩中に唐突に職場から消えた人間は、罪悪感を抱かなくてはいけない。

退職して一週間たった。結局、僕のなかに、そんな気持ちは全く出てこなかった。

 

例えば、地球の裏側の貧しい子どもたちが100人亡くなったとして

本気で悲しむ人はいるだろうか? たぶん、いない。

僕は、かつての仕事の上司・先輩方・同僚の彼ら彼女らに対し、今は、地球の裏側の人間くらいのイメージしか感じられなかった。

これは大変失礼で、礼儀を欠き、僕の人格を疑われる思想だとはわかっているが、あえて正直に書く。

僕は彼らに対し、「勝手に人がいなくなっちゃって、かわいそうだなあ」という大変無責任かつ他人事な思考を持ってしまっている。

なおかつ、これはかっこつけてこういう思考をしているのではなく、どう考えても、こんな考え方にしかならないのだ。

 

仕事をやめたから彼らは他人で、もう関係ないし、と思ってしまう。

罪悪感がない。責任感が欠如(けつじょ)している。これは今後の人生で非常に大きな問題となる。

一緒に働く人たちを、仲間だと思えていなかったのだろうか。

 

自分と一緒に働きたくない

僕は自分のことが大好きだ。自分の外見は優れてはいないが気に入っている。自分の声も、体格も、生まれた地域も、名前も、全部気に入っている。自分の生まれに満足している。

自分の顔を自信をもって出せる。自分がしゃべっている動画をどうどうとインターネットの海に投下できる。

僕は自分のことを本当に気に入っている。

 

しかし、僕は、僕と一緒に働きたくない。仮に僕が何かの会社で部下を率いる立場となったとき、自分の下に僕がついてほしくないと思っている。同僚としてもだめだ。責任感のない人間を近くに置きたくない。

あなたは、退職した当日に、退職代行使いました! っていう記事を書くような人間と一緒に働きたいと思うだろうか?

 

どうしよう。

この人格に悩んでいる。しかし、人間は自分のおおもとの思考を変えられない。頭の中の考え方は変更できない。

僕ができることは、

  1. 普通っぽい行動をしているように見せる(ただし非常に大きなストレスがかかる)
  2. 集団に所属しないで人生を乗り切れるようになる(ただし大きな能力と運を要求される)

このどちらかの道を進んでいかなければならない。

考え方は変えられない。非常に無責任なこの思考回路とともに、人生をやっていかなきゃいけない。

 

問い

社会に馴染むにはどうすればいいんだろう?