発達障害・ADHDの診断に行ってきた。①

  • 2020年7月21日
  • 2020年7月25日
  • ADHD
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「実はね、前の担当医の記録に、発達障害の可能性ありって、メモが残されてたんだよ」

「はあ、そうなんですか」

という会話が今回のハイライト。

 

ADHDの検査を受けに行った。前々から気になっていたのだが、ニート期間中に受けておくべきだと思ったため。

(ADHDとは、かんたんに言うと、落ち着きがなく、ミスが多く、衝動的に行動してしまう発達障害である。)

 

お恥ずかしながら、このツイちゃんは仕事ができない人間である。仕事を覚えるのはわりかし早い方なのだが、覚えたあとにミスばっかり連発する。今までずっとそうだった。

 

高卒で最初に入った会社では、生産ラインの品質保証、要は検査員としての仕事であった。高校の先生に勧められた求人票にそのまま応募したのだ。

これは非常に苦痛な仕事だったことを覚えている。顕微鏡でひとつひとつ部品を確認したり、書類に測定したデータの記入をやっていくのがメイン業務であるが、とにかく集中できず、最後の方は全く仕事にならなかった。

部品の確認漏れ、データの記入漏れなどのミスが重なり、上司から叱責され、夜に眠れなくなり、食事が喉を通らず、ドアノブに首吊り縄をかける。

2019年の6月、ぼくが提出した書類を、上司はもう二度と使えない状態にしてくださった。お昼の休憩時間となった。実家に逃げ戻り、精神科に駆け込んだ。

 

適応障害と診断された。そのまま有休を消化し、ボーナスまでもらって退職した。2年間と2月ほどの勤務だった。

当時の会社は本当に良い環境だった。上場企業で、ボーナスや残業代がしっかり出る。年間休日は120日を超え、土日祝日全て休め、有給は初年度から20日使える。高い学歴を持った同期の話はおもしろい。人間関係も良好。工業高卒の人間が勤める職場としてはベストといえる。

でもダメだった。失敗ばかりしているとその職場にはいられなくなることを知った。

 

最初の会社を辞めてから1か月後、地元の販売店に、新店舗のオープニングスタッフとして入社した。前の職場は単純作業だったから駄目だった、人と話す仕事ならやれるのでは? と考えたため。通常一か月かかる研修が3日で終わった。僕が売り場に立てたのは今までで一番早かったそうだ。手ごたえを感じていた。

新店舗、客が来なかった。コロナウィルス関係なく客が来ない。部長も上司も同僚もみんなストライクショット。僕はスマホのゲームが苦手だったので電子書籍を読んでいた。今までで一番読書がはかどった環境だったと思う。

 

コロナウィルスの関係でさらに客が減った。それでも給料は出る。ぬるま湯の環境。ここに長くいてもだめだ、ふわふわとした不安を感じる。

2020年07月03日、僕はそれまでの3日間、連続で売り上げを立てることができなかった。何も買わずに帰っていくお客を見送ったあと、部長から「接客に当分行かないでくれ」と言われたので、そうすることにした。言われた10分後の休憩中、退職代行を使って仕事を辞めた。11ヵ月と2週間ほどの勤務であった。

 

はじめはうまくやるが、慣れるとミスが増え、突発的に消える人間。3年間の経験から、自分のことをそう評価する。僕は社会に適合できなかった。

ふざけているわけではないし、まじめに仕事に取り組もうとしているはずだ。なのにどうしてこうなるんだろう。

 

2020年07月20日、以前適応障害の診断を受けた精神科の予約を取り、ADHDについて話しに行った。

最初から検査を受けるわけでもなく、まず問診から始まる。今現在の困っていること、小さい頃の行動など。看護婦さんとお医者さんに自分のことを話した。

 

仕事のミスが多く、原因を調べたところ、ADHDの特性に当てはまるのではないかと思い、検査を受けたいこと。

ミスが多いこと。どの職場、どんな環境においてもミスを頻発する。小学生でもできるようなチェックシートの抜け。

忘れ物が多いこと。スマホや財布が見つからないのは毎日のこと。車のサイドブレーキをかけ忘れて車が転がっていく、車でスーパーに行ったことを忘れて徒歩で家に帰り、朝起きて車がなく大慌てする。

衝動的に動くこと。今までの会社は全て無計画に辞めている。

 

自分の言いたいことを一通り伝えた。そのあと、冒頭に戻る。医者と僕の会話。

「実はね、前の担当医の記録に、発達障害の可能性ありって、メモが残されてたんだよ」

「はあ、そうなんですか」

「実際に話を聞いてみても、ADHDの可能性は考えられる。それ以外にほかの発達障害があるかもしれない。例えば、学習障害とか」

「なるほど」

「だから検査を受けたほうがいいと思う、まずは08月03日、カウンセラーと今後の検査日程を決めていってほしい」

「わかりました」

 

一年前、最初の会社をやめるときに僕を適応障害と診断したお医者さん。彼のメモ(カルテというべきか)に、受診時の様子や話し方・内容から、発達障害の可能性が考えられると記録されていたらしい。

しかし、僕は適応障害の診断書をもらってそのまま再来院しなかった(する必要がないことを伝えられたからだ)ため、そのまま終わったそうだ。

非常に複雑な心境である。もし最初に、そのお医者さんがちょっと一言だけ、発達障害の可能性を教えてくれていたら、今どうなっていたんだろう? まぁ、考えても仕方ないけれど。

 

 

さて、このADHDなど発達障害の診察を受けた日記は今後も投稿していく予定だ。診断を受けた結果僕はどうするのか、僕の考えた記録を残していかなければいけない。

少なくとも、今のままでは社会復帰できない。自信を失った。また社会に出たとしても、1年かそこらでどうせ辞めるんだろうなあという確信がある。だから医者に行く。どうすればいいのかを知る必要がある。

僕は社会生活を送るために自分を変えなければいけない。薬でもカウンセリングでもなんでもいい。今の自分は社会に適合できない。

 

このツイちゃんがまともな人生を歩めることを願っている。

発達障害・ADHDの診断に行ってきた。②

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