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ツイちゃん
twichan
群馬県前橋市在住、22歳の男性。
2021年1月にADHDと診断された。
障害者雇用で働きつつ、Youtubeとか投資とかいろいろやってます。

2021.09.04/与える

友人はとあるアパートを借りて住んでいるのだが、そこの便座が壊れてからもう3か月がたつらしい。金具部分が破損してしまって、座ると便座が便器の中にたびたび滑り落ちてしまう状態だ。

大家に言って直してもらえよと思ったのだが、3か月くらいそのままにしているのであれば、せっかくだし便座をプレゼントしてしまおうと思い立ち、今日やってきた。(設置作業含む)

友人に便座をプレゼントするのは意外と簡単だ。まずカインズホームで便座(3,480円)を買う。それを友人の家にもっていく。壊れた便座の台座を取り外す。台座はボルトとナット二組で固定されているので、それを外せば簡単に便座は取り外せる。新しい便座の台座をボルトとナットで取り付けて、台座の上に便座を差し込む。位置を調整して増し締めして終了。たったこれだけ。

なかなかおもしろい体験だった。人生で友人に便座をプレゼントするという経験はおそらく多くの人は体験できないので、今日という一日はディズニーランドに行くより珍しい、良い一日だったと思う。ディズニーランドはいつでもあるが、友人の便座はいつでも壊れているわけではないからだ。期間限定って素晴らしいね。

さて、話は変わるが、僕は周りの人にいろいろと配慮してもらいながら生きている。家族には衣食住を用意してもらっているし、職場では仕事を快くサポートしてもらっている。今までうまくいかなかった場所でも、多くの人が僕を助けてくれたという事実は変わらない。僕は多くの人から、たくさんのものを与えてもらっている。

ここで怖いのは、与えてもらって当たり前という態度を覚えてしまうことだ。これは大変醜く、救いようのない姿勢であり、仮にそれが一度見についてしまえば、小説に登場する貴族のボンボンのような腐った人間になってしまう(そして資産や身分は伴わないのだから本当に救いようがない)。

だから、毎日多くを与えてもらえることに、そして与えてくれる人や環境に感謝するように過ごすのは当然のことなのだが、それ以外にも、これは傲慢な考えかもしれないが、自分が与える側に回るのも必要な行動だ。

友人が困っているのであれば、自分に負担にならない範囲で助けるべきだ。便座が二つ壊れていたらさすがにどうしようもないが、一つ便座が壊れているくらいなら、助けてあげてもいいんじゃないのかなーと思う。

おそらく今後、僕の人生において、与えてもらった量以上に周りに与えることはなかなか難しいのかもしれない。だが、その差をなるべく小さくできるように努力することはできる。持続可能な程度で、周りを助けていけるようにしていきたい。

ついでに友人宅でネットワーク障害が起きてたので直してきた。症状はPCがインターネットにつながらないこと。

ONU-ルータ-PCとかで構成されているネットワークだったが、ONU-PCに接続を変えてみたら治ったので、ルーターの故障か設定ズレが問題。コラボ光の特殊なルーターだったので、初期化してプロパイダ情報を取得しなおそうとしたが、だめだったのでルーターが故障していると判断。PPPoeのIDとパスワードを調べ、スマホの無線LAN用に用意されていたルーターに入力、接続できることを確認して終了した。仕事かな?

あとGmailに独自ドメインのメール設定をやってきた。Gmailは他社のPOPのメールがセットできるようで、PCから一度設定してしまえば、スマホのGmailアプリから独自ドメインのメール送信・受信が可能となるようだ。機種移行時にIDやパスワード・メールトレイを移行する必要がなく、またどの端末からメールを送信しても記録が残されるのでめちゃくちゃ便利。いやこれすごくね? 今度自分でも使ってみようかなーと思った。

寝室にスマホを持ち込むと、夜更かししてしまうのと、朝起きて、まだ眠いのにスマホを手に取り、そのまま二度寝できずに一日をぼーっとして過ごすことを今日再検証してしまったので、持ち込まないことを決意。寝室にはPCとKindleだけ置くようにする。これを定着させて睡眠の質を上げるんだ。さようなら広告表示デバイス。

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