MENU
ツイちゃん
twichan
群馬県前橋市在住、22歳の男性。
2021年1月にADHDと診断された。
障害者雇用で働きつつ、Youtubeとか投資とかいろいろやってます。

2021.08.21・日記

土曜日出勤。お客さんのところに行って、WEB会議のセットアップをしてきた。楽しかった。

話は全く変わるのだが、コロナのワクチンを打ったとき、熱で死にそうになりながらダラダラとスマホを見て過ごしていた。当日のスマホ使用時間は15時間くらいあった。意識が低いなあと思った。

僕はスマートフォンがあまり好きではない。できれば辞めたいと思っている。しかし辞められない、なぜか、スマートフォンには依存性があるからだ。
タッチすればすぐに新しい情報が入ってくる特性は、人間の「すぐに報酬が欲しい」という欲求にダイレクトに刺さってくる。

今ちょっと勉強すれば、将来収入が上がったり、社会に役に立ったりすることができるということがわかっていても、スマホをちょっと触ればすぐに新しい情報や刺激が手に入ってしまうので、長期的な目標よりも、短期的でインスタントな快楽を求めてしまう。
マシュマロを我慢することができない子供の実験があった気がする。子供の目の前にマシュマロが一つ置かれる。「今マシュマロを食べればマシュマロを食べるだけだが、20分待てばもう一つマシュマロをあげよう」という説明があり、子どもはマシュマロと机といすしかない部屋に置き去りにされるのだ。もちろんマシュマロは誰だって二つ食べたいのだが、子どもたちの多くはマシュマロを待つことができずにその場で食べてしまうらしい。

人間の本能は、短期的な報酬を求めてしまうようにできているのだと、どこかで読んだ気がする。だから、短期的に、それこそものの数秒で、情報の刺激で報酬を与えてくれるスマートフォンは、特に意識しなければどんどん依存してしまうんだろうなあと思う。

スマートフォンには依存性がある。というか依存性がなければおかしい。
これを読んでいるあなたも実感はあるだろうが、TwitterやYoutubeは利用時間がのびればのびるほど儲かる。彼らはサービスを無料で提供し、そのサービスの中に広告を混ぜ、広告主からお金をもらっているからだ。広告が見られれば見られるほどTwitterは儲かるのだ。Twitterが売っているのはTwitterではなく、Twitterのユーザーであるってことは、多くの媒体で語られている。

んで、じゃあTwitterは広告を見せるためにどうするのか、もちろん依存性を上げる。誰だってそう考えるし、僕だってそうする。陰謀論じみているけど、きっとTwitterの配色は一流のデザイナーと脳に詳しい人が打ち合わせて、どの色にしたら一番反応が良くなるのかABテストを繰り返しまくって決められているのだろうし、通知システムや、画面を引っ張ってタイムラインを更新してから実際に更新されるまでの時間差など、全てが依存しやすいように作られているのではないかと思う。

だから、僕はスマートフォンを依存性があるものだと捉えて使わなければいけないと思う。お酒と同じだ。お酒はおいしい。健康にも良いし、コミュニケーションツールにもなる。お酒を通して仕事をもらえることだってある。でも、日ごろ飲み続けていればアルコール依存症患者まっしぐらだし、肝硬変を起こしてぶっ倒れたりもするだろう。お酒に使われてはいけない。

スマートフォンも同じように、依存性があることを自覚しなければいけないのだ。お酒と違って、スマートフォンはこの世の中に出てきてから10年くらいしか経っていない。だからその毒性が誰にも、本当に誰にもわからない。コロナウィルスのワクチンを打つことで生まれてきた赤ちゃんのIQの平均が80になってしまったというお話を聞いたことがあるが、コロナウィルスのワクチン接種が始まってからまだ一年経っていないのに、どうしてそんなことがわかるのか(つまりデマ)というツイートを見たことがあるが、それと同じで、スマートフォンの毒性は誰にもわからないのだ。スマートフォンを毎日数時間使い続けて40年経った人が、脳や体にどんな悪影響を食らうのか、誰にもわからないのだ。

ふむ、じゃあスマートフォンを辞めればいいんじゃないのか、全くその通りである。要は、やることがないのが悪いんだよ、やることがないのが。スマートフォンを辞めよう!っていう決意は弱い。だって辞めた後にやることがないんだから。普段からスマートフォンばっかり触って過ごしていれば、それ以外のことは自然とやらなくなっていくのだから、使わなくなった空白の時間を埋めるだけの娯楽がなく、すぐにもとに戻ってしまう。

だから、自分だけの娯楽を見つけるべきなんだろう。友人と遊ぶのでもいいし、こうやってブログを書くのでもいいし、なんでもいい、自分が夢中になれることを探すべきなのだ。スマートフォンを辞めようじゃなくて、スマートフォンよりこれをやりたいを探すべきなのだ。

しかしこういう風に書いていて思うのだが、文章になかなかまとまりがない。プロットも見出しも作らずにただタイピングして、漠然と手の動くままに文章を組み立てているのだからまとまりがないのは当然なのだけれど、それでも世の中の文章を書く仕事をしている人たちは、どうやって文章を作っているのかがなかなか不思議だ。まず一番最初にまとまりのない文章を書いて、そのあとどんどん削って磨いて仕上げていくと書いていたのは、「3行で撃て」の作者だったか。

3行で撃て、以前読んだ、文章の書き方の本である。題名の由来は、読者はそもそも自分の文章に興味なんてもってはいないのだから、一番最初の3行で撃ち殺さなきゃあいけないよという話だったか。違うかも。
営業のやり方・ホイラーの法則に似ているなあと思う。手紙を書くな、電報を打て。客は自分の言葉に興味なんて持っていない、長ったらしい手紙のような言葉は聞いてもらえない。だから電報のような、一行で終わる短い文章で客の心を抜くのだという意味。
ふとブログの文章を眺めてみると、なるほど、これは電報どころか手紙ですらない。そうだなあ、これはトイレットペーパーである。引いても引いてもどこまでも伸び続ける、紙の中で冗長さランキングを作ったら一番間違いなしのトイレットペーパーだ。せめてA4用紙くらいには短くしておきたいね。

この日記、思い付きで25分のタイマーをかけて書いてみている。25分間でどれくらい文章をかけるのかっていうことじゃなくて、人間の集中力は25分が限界だからという話をどこかで聞いたのを思い出したから、思い付きで25分のタイマーをかけたのだ。

ポモドーロテクニックという言葉がある。集中力のための技法で、25分間作業をしたら、5分間なにもしない(もちろんスマホなんて開いちゃいけない)、それを3,4回繰り返す作業法。あれ、たまにやるとなかなか作業が捗る。25分間というのは人間の集中力になかなかマッチするようで、5分間の短い休憩も作業から完全に離れるのを防止してくれ、心地よいペースで自分のやりたいことをやり続けられるのがなんとも良い。

一番最初に知ったのはなんだったっけ、そうか、メンタリストDaiGoか、彼の自分を操る超集中力という本で読んだ。思い出した。そしてそのメンタリストは現在進行形で燃え上がっている。大炎上。

生活保護を受給している人とホームレスの人をかなり口汚くののしったら炎上して、スポンサーも降板させられて、涙ながらに謝罪の動画をあげたら、Twitterで過去に「相手が引くまで泣き落としするのがテクニックだ」というTweetが見つかってしまい、なるほどその動画もあなたの策略なのねと捉えられ、にっちもさっちもいかなくなってしまったらしい。

これに関して僕は感想を持たない。目の前に黄色い植木鉢に植えられた2本のサボテンがあるのだが、その左側のサボテンが右側より小さくなっていて、日時がたつにつれてどんどん小さくなっているような気がすること以上に興味がないのだ。どうでもいい。

25分経ったので日記終わり。疲れたので明日は2分くらいで書こうかなあと思う。覚えていればだが、そして僕は覚えていない。

コメント

コメントする

目次
閉じる