ブログは質か?量か? ←これ気にするやつ全滅するぞ

ブログは質だ! ブログは量だ! というアホみたいな議論をTwitter上でよく見る。

胡散臭い情報教材野郎が「ブログは100記事更新しましょう」などとのたまう。

プロフィールをキラキラと作り込んだアカウント(たいてい、ブログで副業! 自由な時間!とか書かれている)が、「今日も有益な情報を作るぞー!」などと検討外れなことを毎日言い続けているのだ。

ズレている。まったくもってズレている。このやり方だと間違いなくブログを挫折する。

 

この記事では、

  • ほとんど成果出てない
  • ほとんどPVも出てない
  • でもブログを継続して楽しくやっている

という情報発信する立場もないこの私・ツイちゃんが、ブログの質と量に関する意見を主張する。

 

断言するが、これを読んでも、あなたはブログでお金を稼げるようにはならない。

しかし、ブログに疲れていて挫折しそうな人がいるのであれば、辞める前に読んで見る価値はあるかと思っている。

 

ブログは量か? 質か?

どうでもいい。量も質も捨てる。最後に残った自己満足をとる。これが僕のポリシーである。

なんだろう、量とか質とか、どうでもよくないか? どうせ素人が書いた記事だろ? どう書いてもゴミができるに違いない。

だったら、自己満足のためにブログを書けばいい。買ったモノをレビューする記事でもいいし、くだらない日記でもいい。

 

  1. 自己満足のためにブログを書く。
  2. たまたま自己満足のブログを誰かが見てくれるかもしれない。
  3. 見てくれないかもしれない。
  4. それでもまたブログを書く。

 

PDCAとかいう向上心をかなぐり捨てて、とにかく書きたいものを書きたいだけ書く。そうすれば続けられる。

 

Fucking 質もしくは有益な情報

Twitter野郎
今日やること!
・有益なブログ更新2000文字
・〇〇さんのYoutubeでインプット
有益な情報を頑張って作っていきます!
うるさい、黙れ。何が有益だ気持ち悪い。図に乗っているんじゃあないぞ。
まず前提としてこれだけは言いたい。俺も、お前も、素人だ。
何の実績もない素人で、ちょっと数時間かけてブログを立ち上げただけの人間だ。これを覚えておいてほしい。
さて、その素人が「有益な情報(笑)」なんて書くことができるだろうか? うーん、無理。おそらくできるものとすれば、
  1. ネット上の有益な情報(笑)を組み合わせただけの劣化記事
  2. 素人の独りよがりの意見(この記事とかまさしく良い例だろう)
  3. 自分では有益だと思いこんでいるであろう、文章が崩壊したゴミ記事

うーん素晴らしい! 有益な記事だ! こうして今日もGoogle検索の信頼性が落ちていく。

 

自己満足で継続した結果

さて、他人から読まれることを全く意識せず自己満足でブログを続けた結果、僕はどうなったか?

ブログをはじめてから1年と半年ほど経った結果、

  • アフィリエイトの収益が合計で3万円くらい
  • 月間のPVが2000くらい(検索流入)
  • ブログをベースに、絶対に知り合えないような人とちょっとだけ連絡をとれておもしろくなる

つまり大した成果は出ていない。出ていないのだが、それでも日常が多少楽しくなる要素としては満足している。

 

自己満足と目標

非常に重要なのは、これは、僕が自己満足のためにブログをやっていたから満足できているということだ。

仮に、

意識だけ高い
インフルエンサーの〇〇さんに憧れてブログはじめました!
ブログで毎月5桁の収益を得て、自由な生活を目指します!

とかこういうモチベーションでやっていたらどうなっただろう?

ああ、今月もPVが伸びない、今月も収益が出ない。成果だけに注目する羽目になる。

 

僕はブログを書くのが楽しいし、なるべくPVなど意識しないようにしたから続けられた。

しかし、インフルエンサーのポジション☆トークに影響されてブログを解説した彼らは、毎月の目標と自分とのギャップに耐えられるのだろうか?

 

じゃあどういう記事書けばいいの

書きたいこと書けばいいんじゃないんですかね。

例えば僕のブログだと、毎日の日記だし、「今日は気分が沈む」なんて誰も興味が無いようなことばっかり書いてます。

でもそれが楽しい。読者はつまらないかもしれないが、僕は楽しい。相手のいない自己満足。

普段からどうでもいいことであってもブログに文字を書く習慣をつけておくと、いざというときに書ける。というか書けた。

 

結論・質も量も気にせず自己満足

何を書きたいのか忘れてきたのでまとめる。質も量も気にせず、自己満足の記事を量産すべきだ。そう僕は思っている。

そうすれば、仮にブログが誰から読まれなくても、読んでくれる人から批判があったとしても、自分だけは楽しいから、ずっと続けられるのだ。